あたしブログ

ネットスペースデブリ乙女の脳内ラジオ

頭の奥に誰かがいる

みんな、おまたー!あたしです。

これは本当に物心ついた時からなんだけどさ、あたし、口を閉じていてもずっと誰かと喋ってる。

どうしても治らない現象

本当にあった怖い話みたいな導入で大変申し訳ないが、これはガチな話で。

もしかしたら「私も(僕も)(俺も)同じだ!!」という人がどこかにはいるかもしれないから、このよくわからない現象を共有したくなったのでしたためてみる。上手く文章に落とし込めないかもだけど。ていうか多分世界中にこの現象持ちの人間きっといっぱいいると思うのマジで。

言葉の通り、あたし、普段「口を閉じててもずっと誰かと喋ってる」ってことに数年前に気が付いた。

どういうこと?って普通の人なら思うはずなんだけど、脳内でずっと喋ってるんだよね。ひとりで。(え?)

自分の漠然とした思考が、泡みたいな、透明な声になって、毎日延々と脳内で聴こえてくる。わかりやすい例えを出すなら、脳内で何となく頭に残っている歌手の歌が無意識に延々とリピート再生されてる感じ。(これはわかるよね???)

ノッてる間は良いけど、ずっと続くとあ~~~ウザい!ってなるじゃん??自分の力じゃ停止できないから、ひたすら無意識に歌い続けるみたいな。それの完全独り言版みたいな。(え???)

まず、生活の中のどのタイミングで起こるのかというと、職場で仕事してる時とか人と会ってる時とかは大丈夫なんだけど、仕事から帰宅してひとりで家に居る時が一番ヤバイ。あと、職場のトイレもよく出る。基本的にひとりの時間。

じゃあその独り言ってどんな内容なの?って聞かれたら、まさにこういうことなんだよ。この『あたしブログ』でつらつらとネットスペースのデブリとして放流しているどうでもいい話ばかり。てか今こうやって文章を打ち込んでいるこの文体自体が考えて打っているというわけではなく、脳内でひとりで喋っていることをそのままセルフリスニングしてタイピングしてるだけ。これが毎日脳内で流れてくる。そして、よく聞いてみると(というか考えてみると)、誰かの声が聞こえる…!というよりかは、完全に自分の声が聞こえる。めちゃめちゃひとりで勝手にべらべらと喋っている。

で、これが今まで自分の「ナチュラル」だと思って生きてきたから、社会人になって独り暮らし始めてある日、ふと「え?なんか、あたしずっと脳内で喋ってない?」って気付いてから、この脳内ひとりラジオの配信を意識し始めるようになった。

脳内対談

意識するようになって、真剣に自分が脳内で何を語っているのかについてを聞き流さずしっかり聞いてみると、基本的に自分と対談してるんだよね。毎日。(?????)

元から独り言もかなりヤバいレベルで多いタイプだったから、家ではたまにそれが実際に音の出る声になって独り言を言ってたりもする。これも結構頻繁に。「独り言」っていう概念自体はみんな知ってるじゃん?別に変な事でもなくて、ちょっと独り言言うくらいは普通なことじゃん?だから、独り言が多いこと自体は特に気にしてないんだけど、問題はそれが口を閉じても脳内でずっと垂れ流されてることなのよ。

もちろん自分で「考えよう!」、「話そう!」と思ってやってるわけじゃなくて、勝手に思考が濁流となって流れてくる。本当に文章に起こすのが難しいのだけど、とにかく口を動かさずにひとりで頭の中で完結して喋ってる。

で、「対談」っていうのは、何かあるひとつの事柄やイシューについて、自分の考えを語っていることが多い。自分に一人二役というより、脳内で勝手に喋っている「自分」の考えを、本体の「自分」が聞いているような感じ。多重人格とは明らかに違う。(と思う)

例えば、キッチンに立って料理している最中は、

🧠「あたしって猫の手ができないんだけどさ~でもさ~ぶっちゃけ猫の手とか犬の手とか知らんけど持ち方も自己流でオッケーじゃない??自分に合った道具とか服とかコスメとかあるやん。包丁の使い方とか食材の持ち方だって人それぞれで良くない??現に今までこんな指伸ばして普通に切ってても今まで指切ったこと人生で2回くらいしかないし~」

とかをずっと喋ってる(笑)(※マジで

それを聞いてる。自分で。全部自分で。

多分なんだけど、この毎日勝手に「脳内ひとりラジオ」を繰り広げている「自分」は、「潜在世界に棲んでいる自分」で、それを聞いている「自分」は、「顕在世界に棲んでいる自分」なのではないかと思うのよね。

「夢で認められる話」でも書いたんだけど、

atashigirl.hatenablog.jp

「無意識下で見る夢の内容は、潜在的な自分のカケラみたいなもの」だと認識していたけれど、夢以外にもあるんだわ。心の部分の自分が居る瞬間が。

脳内で思考して生まれた言葉が心の声になって響いてるというか、脳内で常に思考を言語処理してるのねきっと。

これらの現象が気になって軽くググってみたことはあるんだけど、「統合失調症」とか「ADHD」とか出てくるから、もしやあたし、病気??(汗)と考えて怖くなったこともあるんだけど、別に「今すぐ死にたい」とかネガティブな言葉を考えてるわけでもなく、本当にどうでもいい自分の考えや思ったことを喋ってるだけ。脳内で。(え?やっぱり病気ですか??)

思えば、日常生活で常に頭の中がシーンとしている時間って無いんだよね。やっぱりなんかずっと考えてるし、それが盛り上がると喋ってしまう感覚。「今日の夜ご飯何にしよ~てか食べたいものないな~」みたいな些細なことから、「宗教って結局エゴじゃね?自分の信じたいものをそれぞれに信じてればいいだけなのに、あたかもそれが『世界のすべて』だと勘違いして派閥作ったり価値観を強要してきたりする人が大勢いるじゃん。『その考えに共感するから信じる』っていうより、『自分が縋れる都合のいい対象が欲しい』ってアレで傾倒していってる気がするんだよね。〝無宗教が良い〟でFA。というか自分は【個人】なのだから、自分の考えや価値観、行動、自分の全部を自分で信じとけよって話」みたいな、スケールデカめの「あたしイズム」みたいな考え事を喋ってたり。人によっては、常に頭の中が静まりかえっていて、ただその場の音や匂い、景色なんかをそのまま、余計な思考のフィルターをかけずにシンプルに受け取れている人もいると思う。それがとても羨ましい。

逆に、あたしと同じように、普段から常に何かを考え過ぎていて、こうやって3000字オーバーの1ブログにしなければ気が済まないくらい頭の中が思考の言葉で埋め尽くされている人もいっぱいいるはずで。何かを印象として受け取る時に、「これは●●で▲▲だから、私は綺麗に思う」という風に、果たして自分が何をどう見て、どう思ったのか?みたいなことを言語化するのが癖になっている人は、もしかしたら毎日脳内ひとりラジオを聴いている同志かもしれない。ていうかその場合は、本当にブログを書くことをおすすめする。こうやって自分の言葉を文章にすると、しばらくスッキリして一時的に頭の中がクリーンな状態になるから。脳内ストレージの空き容量を増やす感覚であたしは書いている。

全部あたしじゃねえか

結局、「頭の奥に誰かがいる」と気付いたけれど、それも全部無意識に脳内で独り言を言ってるだけで、知らない女の人の声が聞こえるとか、神様からの啓示が来た!とか、死んだおばあちゃんの魂が直接語りかけてきた!とかでもスピリチュアルでもオカルト話でも何でもなく、

全部あたしの仕業なのよね。

(おまえか~い)

なんか、ストレス溜まってんのかな…と思う時もあるけどさ。でもなんか自分で自分の話聞いてて、あ~そういう考え方する所嫌いじゃないな、とか思ったりもする。多分ギリ健レベルで考えてる時間が長過ぎるのだけど、パスカル先輩の『パンセ』の有名な冒頭「人間は自然のなかでもっとも弱い一茎(ひとくき)の葦にすぎない。だが、それは考える葦である」という言葉がある。

広大無辺な宇宙に比べれば、人間は無に等しく、「一茎の葦」のごとく弱く悲惨な存在にすぎないが、それは「考える葦」であり、思考によって「宇宙を包む」ことができる。ここに人間の尊厳があり、偉大さがあるという。このような偉大と悲惨、無限と無という相矛盾しあう二律背反のなかで、揺れ動く人間の存在を、パスカルは「考える葦」ということばで象徴させているのである。

https://kotobank.jp/word/%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E8%91%A6-48491

あたしは算数がまるでできないのに(そこ?)、「賢いよね」とか、「頭の回転早いよね」って話の最中に言われることがよくあるのだけど、それは単純な知能的な意味での「賢さ」じゃなくて、よく考えている思考的な意味での「賢さ」という印象なのかなと思い始めてきた。

そりゃそうだよな。

宇宙包み込んでっから。

賢いはずだよな。(※ただのキモ・オタクです

 

それはそれとして、もしかしてガチの精神疾患だったりしたら怖いので心理カウンセラーの方やそういう部門(?)に造詣の深い方、ピンときたらコメントください。社不なので、日々労働で疲れ切っているのは事実です。(働け人間)

 

最後まで閲覧いただきありがとうございました。

それでは、また。あたしでした :-)